FC2ブログ
元来、魚津という土地は知的生産の盛んな土地柄であり、その代表として「魚津の三太郎博士」が挙げられます。現在の魚津にも高い技術力をもつ中小企業が存在します。このブログは、それを広く感じてもらうために開設しました。

「三太郎ブログ」について

「三太郎ブログ」について

「魚津三太郎ブログ」をはじめて3年目になりました。
今年度もできるだけ多くの企業をご紹介していきます。
どうぞよろしくお願いいたします。


このブログのタイトルとなっている「三太郎」とは、
 テレビ発明の先覚者であり、世界初のテレビ公開実験を成功させた

 「川原田政太郎博士」
 稲の研究者であり、さまざまな品種の交雑を重ねた
 「盛永俊太郎博士」
 超短波研究の権威であり、世界中に広まった「八木・宇田アンテナ」を開発した
 「宇田新太郎博士」
の3人の研究者のことです。

川原田政太郎博士 盛永博士 宇田博士
 (左から川原田博士、盛永博士、宇田博士)

3氏はいずれも魚津尋常高等小学校(現在の魚津市立大町小学校)の高等科の卒業生で
「魚津の三太郎博士」と呼ばれています。
三太郎博士の研究成果は、どれも日常生活に必要不可欠なものとなっています。

私たちの生活は、三太郎博士の研究成果のほかにも
多くの研究の成果や高度な技術によって成り立っています。
そのなかには、魚津発のものも決して少なくありません。

そういった魚津の知的生産を感じ取ってもらえたら、という
このブログの目標を、今後も引き続き追っていきたいと思います。

三太郎博士については、魚津歴史民俗博物館のページに紹介されています。
もっと詳しく知りたい方は、平成24年3月に刊行された新しい『魚津市史』の1冊である

「図説 魚津の歴史」にも掲載されておりますので、
お買い求めになってみてはいかがでしょうか。

 魚津歴史民俗博物館「魚津の三太郎博士」ページへ
 魚津市史のページ「図説 魚津の歴史」ページへ

魚津市合同企業説明会の開催について


魚津市合同企業説明会が開催されます!

開催日時: 平成24224日(金)
      13:00~16:00(受付13:00~) 

会  場: 新川文化ホール

費  用: 無料
参加企業: 23社 参加企業一覧はこちらから

説明会チラシ  

魚津市内の企業への就職・転職にご関心のある方へ朗報です。

 このたび、これから就職活動を始める学生の皆さんなどを対象に、魚津市内にどんな企業があるか知っていただくため、魚津市・魚津商工会議所主催による「魚津市合同企業説明会」が開催される運びとなりました。参加無料・申込不要です。

 就職活動をされる学生さんだけでなくそのご父兄、U・Iターンを希望される方など、多くの皆様のお越しをお待ちしております。

 魚津市には魅力ある企業がたくさんあります。魚津での就職を選択肢の一つにお考えの方は、どうぞお気軽にご参加ください。パンフレットやホームページだけでは分からない各企業の特長を、ぜひ直接確かめていただきたいと思います。

 

開催日時:平成24年2月24日(金)
     13301600(受付13:00より)

開催場所:新川文化ホール 2階展示ホール、201研修室

対象者 :魚津市内の企業への就職・転職にご関心のある方
     平成25年3月卒業予定の学生大歓迎!!
     ●県内外の大学生・大学院生・短大生・各種学校生など
      (学年問わず)                              
      ●U・Iターン希望者
      ●就職活動をする学生の父兄


主な内容:●参加企業によるワンポイントPR
        
●参加企業の中から希望される企業と自由に各ブースにて
          企業概要や 採用予定など説明を受けることができます。
         (履歴書を提出しての個人面接を行うことはしません)

主  催:魚津市・魚津商工会議所

魚津市内の企業が一堂に会し、
あなたの聞きたい!知りたい!にお答えします!

お気軽にご参加ください!

魚津市合同企業説明会チラシのダウンロードはこちらから

丸八を取材しました

㈱丸八を取材しました

大崎社長    
大 浩司 代表取締役社長

 

会社の概要について教えてください

 

まずはエネルギー部門ですが、主にLPガス(プロパンガス)灯油などの卸業を行っています。これが事業の割合として50%は占めております。

次に建材部門です。創業時から扱っていた、セメントや左官材料など「湿式 建材」に加え、「乾式建材」の材料販売及び施工工事も行なっています。建物構造の変化で、石膏ボードのような軽量鉄骨の躯体工事をするようにもなりました。

住宅産業においては、工務店さん、ハウスメーカーさんなどに「流し台」、「ユニットバス」などを納材しています。丸八自身の主たる業務は「納材」なんですよ。

企業のブランドイメージについて、以前調べたことがありまして。魚津では「ガス屋」、富山では「セメント屋(建材商)」、砺波では「タクシーの燃料屋」と言われます。地域によって企業イメージが違うんですね。

石工事
『空間造形』石工事

吹抜けの大エントランスホール

 大板石材を仕上げ、デザインを使い分け高級感のある空間を作り出しました。

 

創業について教えてください

 

昭和2910月に今の村木でスタートしました。

創業者が、浜岡商店さんから独立し、その時代の先を行くガス事業も加え、店を始めたと聞いています。創業後57年目なのですが、社員で当時を知る人はわずかになってしまいました。

数年前まで、今の本社敷地内にはセメントのサイロ(貯蔵庫)があったんです。ここにはかつてセメントをつめる工場もあったんですよ。

 

まちづくりなどの景観事業も手掛けているとお聞きしましたが

 

自分たちでまちをつくっていこうというのが始まりで、職人さんにも、我々にも、仕事を作って一緒に仕事できるように、という元々のスタイルが事業になっていったのです。

今では公共事業が盛んな頃と違って仕事が減り、競争相手も増え、信頼関係だけでは仕事が来ない時代になりました。営業ということが重要視され、職人さんたちが自分で仕事を取りづらい環境になっていったのです。そこで、我々が営業し、コーディネーターとなって、行政や地域へ「まちづくり」を提案していこうと考えました。それには情報化社会への素早い対応も必要になります。新商品が出てからなんて遅いのです。情報を先取りし、これからのコンセプトをどんどんお客様に提案して、問屋の目から見てお客様の要望に一番マッチしたものを提示する、そんな役割をするわけです。

シェルター  
『憩う ホッとひと息スロータウン』シェルター工事 みかげ舗装工事

 人と人とのふれあいの場、時には賑いの場としても活用されるシェルターです。 

 
舗装

『明るく綺麗な街並みづくり』インターロッキング歩道工事

 足元のカラーリングは、思わず楽しく明るい雰囲気を作り出します。

 

今後の展開を教えてください

 

今後は、エネルギーへの注目が重要です。太陽光発電燃料電池などですね。これからは1つだけのエネルギーだけでは難しいので、例えばガスと太陽光との組み合わせも1つの提案の形になります。

我々はガスとオール電化の競合を考えるのでなく、お客様に合わせた提案を考えています。5,6年前から、建築関連の担当者に、電化を希望しておられるお客様に対してガスを無理に薦める事をやめる様指示しました。

それは、お客様の要望を聞かずにこちらの押し付けでは、営業が絶対成り立たないと考えたからです。会社の中で大きくもめましたが、ここで大きく舵を切り企業イメージを変えようと、オール電化のプランも持って県東部を徹底的に廻りました。

それは、変化に対応してきた会社の歴史があったからできたことです。壁材の主流が生コンから変わったなら今度は内外装へ事業展開だとか、職人さんの仕事がなくなってきたら我々で提案だとか、昔からいる従業員は、そういった変遷が普通だと思っています。だからこそ今回の変化にも対処できたのです。

今我々は電気・ガスどちらも手がけているがゆえに、どちらか一辺倒の提案ではなく、お客様の生活に沿った、きめ細かいプランを提案できるという点で評価をいただいています。また、地域で育ち、地域に根ざした会社ということで、太陽光発電など新規事業についても、信頼して依頼をいただいています。我々としても、地域で育った会社なので、地域に求められるものに合わせて、要望に応えていかねばならないと考えています。
太陽光

『太陽エネルギーは無限』太陽光発電システム工事

魚津西部中学校 太陽光発電システム20KW

 

宅配水事業も展開されていますね

 

ガス業者が水?とお思いでしょうが、基本料金で適切・安心なメンテナンスを担保するという考え方は、宅配水事業もガス事業も一緒なのです。

きっかけとなったのは、「水がおいしいところでは宅配水が出てこないというのは、神話です」「水がおいしいところの人は水の味にうるさいです」との専門家の言葉です。例えばある地域では、水道をひねれば富士の湧水が出るところに、富士の湧水という宅配水が置いてあるのです。宅地造成の簡易水道などには滅菌機を入れますが、水がおいしいところで育った人はそんなことにすら敏感なのですね。それと決定的だったのは、コンビニの調査では意外に水が売れていることです。炭酸飲料より水が余程売れています。参入して3年目に入りましたが、毎年300件~400件づつお客様が増えてきています。一歩一歩進んでいると言う感じです。この事業がここまで来れたのは、ガスのお客様がベースとなっているからです。

停電や井戸の断水対策の意味でも、宅配水は評価されていますし、CMの効果もあって、注文はポツポツとあります。今後、顧客件数を増やして、水の種類をRO水と天然水の2ブランドとかに増やしていきたいとか、いろいろな展開を考えています。宅配水も太陽光発電と一緒で、息の長い仕事です。まずは一つ一つの施行実績をつけていこうと思っています。

 

社長はまだお若いとお見受けしますが、苦労されている点などありますか

 

若い社長は、誰でも悩みは「人間関係」だと思いますよ。でもやっぱり日々の仕事の悩みが一番でしょうかね。まあ私は楽観的なほうなので、さほどでもないのですが。自分自身ネチネチされるのが苦手なので若い社員を叱る時も、ガッと怒って終わりにしています。

 

社長就任後の経営方針や社内教育方針などありますか

 

社長就任後に心がけたのが、縦にコンパクトな会社を目指そうということです。

当社も長い歴史の中で、組織だったものが確立してきたのですが、地域密着の会社ならではの弊害が出てきました。いろんな会へ出た時に「その節はお世話になりました」と言われても、何のことかよくわからないことが増えてきたのです。ですから、現場からの報告を密にし、トラブルの謝罪には必ず行くようにして、お礼を言うべきこともなるべく把握するよう努めました。「現場の細かい話が社長にまで伝わっている」、そんな会社を目指すため、細かい情報交換を心がけています。

休暇届も正直に書いてもらうようにしました。そうすることで従業員の得意分野や趣味などが分かり、お互いの理解も深まります。地域の行事やスポーツ指導など大いに結構。地域の会社なので、従業員にも地域に溶け込んでもらいたいですね。地域活動は率先してやって下さいと言っています。

 

その他新しい取組みはありますか

 

「魚津発、新川発をやろうぜ」といつも言っています。

魚津鈑金さんにアドバイスを頂いて今、電気自動車を制作?改造?中です。中古の軽四バンを改造して、電気のモーターを入れて走らせ、ついでに屋根にソーラーパネルを載せて市内街中を周ろうかなと計画しています。

新聞記事になるような、何か新しい取組みをいつも一生懸命考えています。宣伝効果にしてもタダですから。また、そういうことをやり続けると、「うちの会社はちょっと違うよ」と、そんな雰囲気がなんとなく出るじゃないですか。富山の二番煎じでなく、おれ達でやってるんだ、という気概を社員にも持ってもらいたいと思います。

色々チャレンジしたかいもあって、平成21年には、「温暖化アクト賞」を受賞しました。CO2排出権付の太陽光システムの販売の取り組みなのですが、自社で排出枠(口座)を持ったのは富山県では北陸電力さんに次いで2番目でした。

 

魚津市に対してご意見などありますか

 

お金をかけなくても発信できることはたくさんある、と思っています。だから、うちの若い連中には脳みそから汗を出しなさいといつも言っています。いざ本気で考えると、意外と面白い発想がでてきたりするものです。お金がないのは皆同じなので、そこで道が2つに分かれるのですね。ただお金がない、で終わるのか、お金がないから、ではどうしようと考えるのか。それが大事なことなのです。だから、あまりお金ない、お金ないって言ってほしくないなぁ。

 

従業員の方々にお話を伺いました

 
井田さん

井田 泰朗さん  入善町出身 入社7年目

所属:本社エネルギー課 

仕事内容:LPガス機器及び住宅設備の修理、工事、メンテナンス

太陽光発電、外壁など、住宅設備を幅広く取り扱い、庭の工事なども担当されるそうです。顧客を訪問してまわるため、外に出ている時間がほとんどだそうです。

大谷さん

大谷 和子さん   入善町出身 入社17年目 

所属:本社営業部 営業事務集中チーム

業務内容:営業事務

 

仕事のやりがいや苦労されている話などを聞かせてください

 
井田さん: 
 お客様と話をすることが多いのですが、それが楽しいです。
もちろん仕事の話もしますが、色々なお宅で色々なお話ができ、色々なことも聞けます。お客様と話をして、顔を覚えてもらうことが第一だと思っています。
 
失敗に関しては笑えないことばかりですが、カランの修理に行った時に配管が折れて、水が溢れ出したことがありました。それで、台所じゅう水浸しになってしまいました。その時は社長にバケツとぞうきんを持ってきてもらい、一緒に謝ってもらいました。


大谷さん:
 やりがいは、お客様から、「ありがとう」「またお願いします」など、
感謝されることです。「丸八さんでよかった」と言ってもらえると、すごく励みになります。
 
朝日営業所にいた頃は、その営業所がとても地域に密着していて、地域の方がよくいらっしゃいました。本社では、お客様だけでなく色んな方との出会いがあることが楽しいです。
 
気をつけていることは、クレームの対応はとにかく迅速にということです。適切に、即対応すれば、ご理解いただけるかもしれません。緊急の場合、当社営業担当や、社長、常務にもすぐに対応してもらえるので、とてもいい会社だと思います。お客様のお怒りの言葉をいただくと、まずはどうしよう、なんとかしなくちゃ、となりますが、そうやってお客様に育てていただいていると思っています。クレームへの対応を通して、リピーターになっていただけることも何度かありました。また丸八さんに、と言っていただけるお客様の言葉が一番ありがたいです。
ウッドデッキ

『リラックスな空間』ウッドデッキ工事

雨水に強い人工木(リサイクルウッド)を使用しました。オープンテラスでお茶を♪♪

 

入社の経緯について教えてください

   
井田さん: 
 学校卒業後すぐの就職なのですが、私の場合、実家がガス屋なんです。

 それで、来ちゃいました。親を超えたいではないですが、そういう意味もあり、ここで働きたいと思いました。幼いころから、よくガスボンベを運んだりしていましたよ。
 私はこれが初めての就職なので他と比べられませんが、あまりにも楽しすぎて、ここでずっと働きたいと思っています。仕事も楽しいし、社内の雰囲気も楽しいです。ただ、危険物を扱っているので、取り扱いはきっちりしないといけません。でも楽しいです。


大谷さん:
 前職退職後、子育ての途中、「ちょっと手伝いに来て」と言われたのがきっかけです。1,2ヶ月お手伝いのつもりが、正社員にさせていただき今に至っております。まさかこんなに長くいるとは思いませんでした。
 今の仕事は、建材、ガス、住設など、色んな分野があってたくさん覚えることがあり、楽しいです。また、和気あいあいと、アットホームな感じの会社ですし、お客様や一緒に働いているスタッフなどの、周囲の人の温かさに支えられています。井田さんのような、意気込みもある若い方が育っていくのを見ているのも楽しみです。それらが、ここまで継続できている大きな理由だと思います。

 

お2人を見ていると、会社の雰囲気がすごく良いのですね

 
大谷さん: 
 社長はフレンドリーで、いつも皆に声をかけてくれます。社長自らお客様のところにも行きますし。それはすごく良いことかなと思います。
 業種的には大変ですが、嫌なことがあっても、良いことの部分が多いから長く勤められるのかなと思います。

 

これから就職を考える人たちへのアドバイスをいただけますか?

 
井田さん:
 常にプラス思考でいられれば、何事も楽しくなるのではないでしょうか。どうにもならないことはどうにもならないので、今自分ができることをやる。それが大事だと思います。

 
大谷さん:
 まず、「あいさつ」、あとは感謝の気持ちが大切だと思います。お客様にも、他の方に対しても、相手の立場に立って考えることができればと思います。それは、できそうでなかなかできないことですが、自分がお客様だったら、と常に考えるようにしています。まずはそれが大事で、あとは経験ではないでしょうか。

 

魚津の印象はどうでしょうか

 
大谷さん:
 入善は住みやすいのですが、入善に比べると魚津は色々な方面で発展しているなと思います。良い人もたくさんいらっしゃいますし。

井田さん:
 朝日に営業に行くと、あんな都会(魚津)から来たの、と言われます。

大谷さん:
 
西に行けば行くほど都会だと、お年よりの方はそんな感覚かも知れないですね。
 
海上花火大会は、毎年すごくいいなと思っています。魚津は大きいお祭りがあるのが素晴らしいですね。入善も街流しはありますが、蝶六街流しはすごいですね。いつもテレビで見ています。蝶六は踊ってみたいと思います。

 

社長のお話で、地域活動は積極的にというお話がありましたが

大谷さん:
会長も、地元を大切にと常に言っています。社内清掃日が月1回ありまして、会社から駅前を一斉に回っています。夜見る釈迦堂と、朝見る釈迦堂との違いがよくわかりますよ。

 

 

編集後記

 「仕事が楽しい」と話す従業員の方々。辛いこと、苦しいことがあっても、それらを上回るお仕事のやりがいがあるとともに、何より社内の人間関係の素晴らしさがとてもよい作用となっているのだろうなと思いました。そして、社内の雰囲気の形成には、社交的でフットワークの軽い、大社長ご自身による影響が大きいものと想像できました。

 人間関係や地域のつながりの希薄さによる弊害、という見方が出てきた現代社会ですが、だからこそ、丸八さんのようなまさに地域密着型の企業には、これからもぜひ頑張っていただきたいと思います。


株式会社 丸八 ホームページ
www.maruhachi-co.jp/

日本海電業を訪問しました

日本海電業を取材しました

若林社長
若林忠嗣 代表取締役

 

会社の設立当初のお話を教えてください

 

会社の設立は昭和37年ですが、もともとは先代が、魚津港で漁船のバッテリーを充電することを業としたのが始まりです。

その当時は「焼玉エンジン(※1)」といわれたポンポン船(※2)の小さい漁船がとても多かったのですが、そういう仕事をしている会社は、おそらく魚津では唯一だったと思います。現在の港町の、たてもんの倉庫があるあたりに作業場があり、「たてもん祭り」(※3)にも携わりました。その頃のたてもんには、提灯を点灯するためにバッテリーを積んでおり、ものすごく重たかったと聞きました。

昭和30年代になり、北洋漁業が盛んになると、船舶も大型化し、無線設備、電気設備、ディーゼルエンジンの工事とメンテナンスの需要が高まり、北海道や気仙沼にも出向いて行うようになりました。

これがまさしく「日本海電業」の始まりです。

※1 焼玉エンジン

圧縮と、燃焼室にあるグロープラグの熱とによって、燃料の着火を行う内燃機関の一種。

※2 ポンポン船

 焼玉機関を用いた実用の船の通称(エンジン排気音の擬音に由来)。

※3 たてもん祭り

毎年8月第1金・土曜日の夜に諏訪町で行われる祭り。「諏訪神社」氏子の町内から、7基の“たてもん”が繰り出され、はっぴ姿の威勢のよい若者によって曳き廻される。県の有形民俗文化財、国の重要無形民俗文化財の指定を受けている。

 

その後はどう変化しましたか

 

対ソ連との関係で、漁船の操業が難しくなってきて漁業が縮小されると、インフラ整備、住宅の電気工事など、陸での事業が増えていきました。いわば「丘にあがった河童」になったわけです。そのほか、船で得た無線知識を活かし、タクシーの無線事業へとつなげました。その頃無線機は「真空管」だったので、車の振動による故障が頻繁に起きましたが、無線による利便性はすばらしいものでした。また、運輸会社のダンプカーやクレーン車の無線事業にも事業を展開しました。

そして、家電が登場すると、白黒テレビ、冷蔵庫、洗濯機が一般家庭に出回りました。当時、文化町、中央通り、真成寺町は大変にぎわっていたものですが、その頃、真成寺町に家電小売店舗を出店しました。とにかく休みなんかもらえないし、1231日の夜7時に至るまでテレビの配達をしていた記憶があります。みなさん紅白歌合戦が見たかったのでしょうね。日本の経済が右肩上がりの時代の話です。

 

活気あふれる時代だったんですね。その後は?

 

官公庁のインフラ整備とともに世の中に「防災」という意識が芽生え始め「広報無線」が始まりました。県内でそれを最初に設置したのが下村(現在の射水市)です。当時、これからは「無線通信設備」の時代だろうと感じたものですが、現在は「情報通信」なしではありえない時代です。ここまでの進化は当時の想像を超えていますね。現在は、情報通信の発達により、地球上で時差がなくなっていると言われるくらいですから。

消防車輌などはもちろんですが、最近ではダム管理設備高速・国道のトンネル内ラジオ再放送設備も、わが社の得意とする分野です。

無線屋から光(デジタル)を扱う企業へと移行しているのです。

 

防災情報設備も業務としてありますね

 

災害時の現場の映像操作などを担当しています。国や地方自治体の衛星移動車の操作を応援しています。現場の様子がリアルタイムで、関係諸官庁で見られるわけです。

数年前の能登沖地震や、入善町の高波の時も、社員は一週間くらい車の中で寝泊りしながら、現場映像を送りました。今回の東日本大震災では津波による甚大な被害がありましたが、現場に操作車輌を運ぶことを思うと、富山県で言えば常願寺川、神通川等の大河川の橋が心配ですね。津波があった場合を考えると、海岸部に隣接している道路が心配です。

機材・人の運搬をどのようにすればよいか今後の大きな課題ですね。

我々の仕事は、現在かなりのボリュームが防災です。ですから今回の大地震で、色々なことを考えさせられました。社員の家族のことを思うと、どこまで企業としてやるべきなのか、どこからがやれない範囲なのか、これからもよくよく考えていかなければならない問題です。

 

独自の取り組みはありますか

 

今はメンテナンス業が中心ですが、高度な機器と技術が必要とされますあそこでないとダメ」と言われる企業でなければならないと思っております。

復旧の時間を争う上水道設備や、道路・ダム・河川の管理設備等、公共性の高いものの修理対応は24時間体制になります。魚津市の水道は全て地下水というのはご存知かもしれませんが、昔は簡易水道の地域が多く、夜中に障害が起きると直ちに出動し、朝までには復旧しなければならなかったので、四の五の言っていられませんでした。とは言え、今はシステムも機器も良くなりましたので、夜中の出動回数も殆どなくなりました。

 

地域貢献について教えてください

 

企業として「安心、安全」をモットーとしておりますが、地域貢献という話になると、うーん、それは人が認めるものであって自分から語るものではないような気がしますね。

 

社長個人としての地域貢献もたくさんおありですね

 

自分が声をかけることによって良くなることであれば、自分が一歩動かないといけないだろうと思っています。ここ十年ほどはそんなことばかりしているかな・・・

「チャンスは貯金できない」と思って、新川文化ホールの活用、市民大学の開設など、気持ちでぶつかってきました。

 

若い社員とよくお話されると聞きましたが

 

野球に例えてよく話をします。守備の時、ピッチャー返しのゴロを誰が取るか?その時のランナーの有無やアウト数などの状況によって、セカンドが取るのか?ショートが取るのか?誰がカバーにまわるのか?決してベース上に境界線があって守備範囲が分けられているわけではないと思います。マニュアルだけでは良い仕事はできません。

若い人へのエールとして、「自分で自分の能力を決めてはいけない」と言っています。

 

今後の事業展開について教えてください

 

小水力発電など、新エネルギーへの事業を始動しています。小水力発電とは、電力会社などがダムで発電するものよりはるかに規模の小さい、数百W~数kWの発電を、町なかの用水などを利用して行うものです。家庭用、農業用、観光施設用などの用途に用いることが期待されています。

富山県には水量は豊富にありますし、特有の地形を活かした資源がたくさんあるので、これから、小水力発電への活用が期待されます。
 小水力

参考:山梨県都留市の設置している発電用水車

都留市で開催された「第1回全国小水力発電サミット」に参加した折、見学してきたものです。市役所の駐車場内にあり、間近で見るとたいへん迫力があります。この水車ともう1台をあわせて、市役所庁舎で使う電力の30%をまかなっているとのことです。また、見学に年間2千人程が訪れるそうです。

(解説:若林健嗣 専務取締役)
 

社員の方にお話を伺いました

車谷さん
無線通信部 車谷 友弘さん(魚津市出身・黒部市在住)
岩崎さん 

無線通信部 岩崎 尚典さん(兵庫県出身・魚津市在住)
山本さん

無線通信部 山本 早苗さん(魚津市出身・魚津市在住)

 

自己紹介をお願いします

 

(車谷さん)

入社6年目で主に通信関係の仕事をしています。テレメーターといって雨量や水位などのデータを収集したり、点検修理をおこなったりしています。

 

(岩崎さん)

大学卒業後、入社して3年目です。通信関係で放流警報機のメンテナンス市町村防災のメンテナンスなどを担当しております。

 

(山本さん)

入社4年目で、車谷さんとチームを組んで通信関係の仕事をしています。もちろん現場に出ております。鉄柱にも登りますし、山の中に入って全身泥だらけになることもあります。

屋外拡張子局点検

市町村防災の屋外拡声子局点検作業

 

こういう職種では、女性の方は数少ない戦力ではないですか?

 

(山本さん)

はい、少ないです。うちの会社ではもう一人女性がおります。

(車谷さん)

山本さんには現場で活躍してもらっています。入社してきた時「女扱いしないでください」と言われたので・・・(笑)

 

そうですね、山本さんを見ているとすごくパワーを感じます。

では、仕事中のご苦労などお聞かせ下さい。

 

(山本さん)

やはり、男性に比べて力がないので高所に登るときが大変です。

(車谷さん)

緊急を要する故障時の対応ですね。情報がリアルタイムにインターネットで判りますので、夜中に出動する場合もあります。

(岩崎さん)

私は、まだまだ要領が悪くて、作業についていけない場合もあったりします。業務においては専門的な知識が必要とされますが、それがまだ十分に備わっていないこともありまして。

空中線点検

市町村防災の空中線点検作業

 

入社に至った経緯を教えてください

 

(車谷さん)

前職を退社後、職業訓練校に通っている時に、この会社で2ヶ月ほど実習に来ていて「いい会社だなぁ」と感じたのがきっかけです。この会社に入社する前も、元々電機関係の仕事をしておりました。

(岩崎さん)

兵庫県出身で阪神大震災を経験していることもあって、防災の職業に興味がありました。

(山本さん)

地元出身なので、昔からこの会社に良いイメージを持っていました。父親がアマチュア無線をやっていたので、無線を身近に感じられたことや、私自身音楽が好きで、面接の時に音楽の話で盛り上がったのもよかったのかな・・・

面接の時、この会社の仕事は大学を出てきてすぐできるというものではなく、入社してから覚えていくことがたくさんある、と説明されましたね。

河川放流空中線点検

河川放流警報装置鉄塔の空中線点検作業

 

フランクな社風で、人間関係、チームワークがよさそうな環境に見えますが?

 

(車谷さん)

そうですね、よく話もしたりしますし、アットホームな会社ですね。

(山本さん)

私は、時事的な話や環境の話をしに、気軽に社長室に入って情報交換したりしています。

 

入社時の不安はありましたか?

 

(車谷さん)

無線通信の経験がなかったので、難しそうなイメージがありました。あと、年配の社員の方が怖そうに見えました。

(山本さん)

危険を伴う作業もありますので、しっかり注意してもらうことが怖く感じることもあるのですが、やはりありがたいです。

 

仕事のやりがいを教えてください

(車谷さん)

防災に関わっている仕事なので、地域の役に立てているとの思いがあります。また、今では一つの現場を任されるようになったので、完成したときの達成感もあります。

(岩崎さん)

検査が無事終わったときの達成感ですね。

(山本さん)

工事が完了すると、テストが終わった後みたいにうれしいですね。それと、私は魚津市民なので、市の仕事をすると市のために役立てたかなと思いますね。

車載無線機点検

市町村防災の車載無線機点検作業

 

魚津市に対して何かご意見はありますか?

 

(車谷さん)

魚津市だけの話だけではないのですが、子どもが減っているようで心配です。

(岩崎さん)

食べ物の話ですが、魚、ばい貝、ほたるいかがすごく新鮮でおいしいです。雪もそうなのですが融雪装置は初めて見ました。不便はあまり感じず、住みやすいですね。

(山本さん)

4世代で大町小学校校下に住んでいるのですが、周りに若い世代がいないので寂しいですし、将来的な心配もあります。もっと地域ぐるみで世代を超えて交流し合える場が欲しいです。

あと、仕事上関心があってなんですが、「津波ハザードマップ」の作成を急いで欲しいです。今回の震災ですごく心配になりました。

 

これから就職される方へ、社会人としてのアドバイスをお願いします。

 

(車谷さん)

「挨拶ができる」が基本ですね。あと、自分の考えをきちんと言えることですね。

組織の中に入るとなかなか意見を言えなかったりするのですが、おかしいことはおかしいといえる人がいないと、会社も向上しませんから。

(岩崎さん)

私も気をつけたいのですが、対人関係において細かい気配りができるとよいと思います。また、興味がある分野の資格などを取っておくといいですね。学生時代の方が時間はいっぱいありますから。

(山本さん)

仕事以外で打ち込めるものを見つけておいて欲しいですね。

人と関わるときのために、自分自身にどれだけのネタを仕込んでおくかが、社会人になってからは大切だと思います。

 

編集後記

この取材で特に感じられたのが、社員の皆さんのお話から垣間見えるチームワークでした。社員の方同士はもとより、社長と社員の皆さんとのコミュニケーション、距離の近さが、スムーズな人間関係や信頼関係につながり、そして強いチームワークとなって感じられるのだろうと容易に想像されました。

 幅広い分野で様々な活動を展開されている社長、そして「安心、安全」のため24時間体制で業務にあたる社員の皆さんの活躍により、これからも必要とされ、信頼される企業であり続けてほしいと思います。

 

日本海電業ホームページ

www.nihonkai-dengyo.co.jp/

魚津印刷を訪問しました

印刷物のいろんな「あっ」に応える

魚津印刷を訪問しましたDSC_0025_3.jpg   

八木 洋 代表取締役(左)・八木 擴道 専務取締役(右)

 

会社の設立と当初の印刷について教えてください

昭和3612月に会社を設立しました。設立当初から自治体の広報をはじめ、印刷物全般を扱っていました。

最初は活版印刷という手法を使って印刷していました。これは活字(凸型の字型)を拾い(原稿に即したものを選び)、それを組んで、インクを付けて印刷するというものです。ひらがな、漢字のみならず空きのスペースも含め、原稿を見ながら活字を一字一字拾って、組み合わせる作業を文選・植字といいますが、その作業で版を作るのです。活字は同じ文字、同じ大きさで何十個とありますし、それが例えば漢字も含めると何千種類とあるわけです。しかも文字の大きさを変えるためには、色々な大きさの活字を揃えていなければなりません。当時、印刷は特殊な技術で、活字を拾う職人が何人もいたものです。棚に並べられた膨大な活字の中で、どこに何の活字があるかを覚えて、取り出したら今度はそれを元に戻さなければならない。ものすごい手間ですよ。伝票の表の版を作る場合などは、罫線なども細かい活字で表現するので、特に大変でしたね。活字を拾うことに関して1人前になるには、5,6年かかったものです。

当時は、文章1ページ分の活字を拾うにしても何時間とかかっていました。それから校正の段階に入るのですが、活字の入れ間違いの確認も必要になりますので、今よりはるかにチェックが大変でした。しかし、活版印刷が主流から外れた後も、活字の見た目がきれいだと言って活版印刷を望む人もいました。今はほとんど注文がなくなりましたが、例えば名刺などは暖かみが伝わると言って活字のほうが好まれる場合もあります。

活字
活版印刷用活字

 

その後の印刷技術の推移について教えてください

この後徐々に変わっていくのですが、活版印刷の凸版に対して平版になっていきます。平版になったのは昭和40年代半ば頃からでしょうか。平版は、水と油の特性を利用する印刷方法です。画線部・非画線部を、それぞれ油性であるインクが乗りやすい成分と、水の乗りやすい成分に分けて処理し、まず水をつけるローラーが走り、次にインクローラーが走ることで、インクが画線部に付着し、非画線部には水と油の反発作用によりインクが付着しないという原理です。そして1回ゴムに転写させて、そのあとゴムに転写したインクを紙に転写させるというわけです。

版下を作る手法も、和文タイプから始まり、写真植字(以下写植)を経て、それから現在のようなコンピューターによる電子組版方式に移り変わってきました。

 写植というのは、黒いガラスの文字板で、文字のところだけ白抜きしているものに下から光を当て、レンズを通して印画紙に焼き付けるという手法です。この手法だと、レンズを変えることによって、文字の大きさを変えられますので、和文タイプに比べて利便性があったのです。

 DSC_0046_2.jpg
オフセット印刷機

 

タイプ、写植から、大きく流れが変わるきっかけとなったのはワープロの出現です。私(専務)がここで働き始めて30年になりますが、入社当初はタイプと写植が主流でした。ワープロが主流になったのは20年前くらいでしょうか。一般向けにワープロの販売が始まると、差別化のため、我々の印刷は、ワープロよりもきれいなものにしなければなりません。また、当時主流だった写植では、書式を変える際にガラス板の入れ替えをしていましたが、当時はガラス板1枚あたり20万円だったので、我々としてはなかなか文字の種類を揃えられませんでした。それに対してワープロはいろんな書体がありました。そうした現状をふまえ、よりきれいな印刷にすべく、細かいドット数のワープロと、レーザーを使って印画紙に焼きつける機械を揃えようとすると、多額の費用がかかりました。その上、書体も揃えるにも、1種類20万円というソフトを買ってインストールしなければなりませんでした。当時は、きれいな印刷のためには2,000万円もの設備を要するといった状況でした。

ワープロが出現してから、プリントはどんどんきれいになり、書体の種類も豊富になっていきました。そして、レーザープリンタがでてくるときれいにプリントできるのがあたりまえの時代になりました。そうなると、直接、版にレーザーで焼きつけるようになり、フィルム作成や印画紙作成といった工程がなくなりました。しかし、版の出力機にはまた1,000万円の設備投資が必要になるわけです。

無題
版(シルバーデジプレート)と出力機(CTP)

 

結局のところ、設備が減価償却しないうちに技術やユーザーの進化が進んでいくのです。プリンタも昔はモノクロでしたが今はカラーが当たり前です。カラーは4色の重ね合わせで色を表現しますが、昔はカラーを4色に分けるために、スキャナーと言って、ドラムに写真を貼り付けたものを高速回転させ、細かいカメラで読み、そして4色に分けたフィルムにしていました。それが製版と言う作業ですが、そのスキャナーにいたっては、30年前当時、1台あたり億という値段でした。当時のカラー印刷は、そうやってフィルムを作るためにカラーを分解していたのです。昔は各印刷屋でそれだけの設備投資ができないので、写真製版の専門企業がありました。

カラーを表現するためには、200分の1インチの点の集合で表現した、4枚のフィルムを正確に合致させるのですが、これが少しでもずれると全然違う色になってしまいます。ルーペをのぞきながら全部きちんと合わせて、4つの版を作って版に焼き付け、その版も100分の1ミリ単位で合わせます。そして100分の1ミリで合わせたものを1時間に1万2千回転させるので、狂いが生じないために、ものすごく高い精度を持った印刷機が必要になるのです。

印刷機3
4色印刷機

 

これからも技術は進歩していくのでしょうか

今後、技術革新ほどの大きな変化はなかなかないと思いますが、技術の進歩という意味ではこれからも進んでいくでしょう。現在はすでにカラーコピーが印刷屋のレベルに達しており、拡大してみても、どちらが印刷で、どちらがコピーか分からないくらいに、きれいな仕上がりになっています。ただ、カラーコピーは数が少なければよいですが、量が1万枚などになると、印刷でないと時間がかかりすぎてしまいます。このように今は部数によって使い分ける時代になっています。しかし、カラーコピーが今後ますます高速化して、よりきれいになっていくと、今まで印刷屋に頼んでいた仕事を今度は自分たちでやろうということになるでしょう。実際、ただ印刷するだけという仕事はどんどん減っています。

 

技術進歩など、とりまく環境の変化に対しどのように対応していますか

元来印刷業というのは、顧客を手助けし、情報を残し伝えるという役割を担っています。情報を残し伝える部分を、ホームページ作成という分野に見出すことも検討しましたが、その分野は技術進歩のスピードが速いので、難しいと判断しました。これからは提案型、企画型の仕事を目指しています。例えば、顧客がイベントをやる場合にチラシや看板の作成まで手がけたり、イベントの中で粗品を渡す企画を提案したりもしています。困ったことがあれば、魚津印刷に頼めばなんとかなると思ってもらいたい。そのために、営業担当には色々なところで積極的に話をしてくるように言っています。

大きな設備投資をすれば、より多くの仕事をこなさないといけません。しかし、印刷の注文自体が減少傾向なので、客の取り合い、潰し合いになります。その場合、設備に多額の資金をかけ、大量生産に対応した大手印刷企業が有利となります。一方で、地元企業にはなかなか設備に資金をかけられない企業が多いのです。カラーの印刷機は、両面同時印刷などになると3億、4億もの費用が必要になりますので。印刷は元々地域に根ざした職業です。今の社会では仕方がない面もありますが、できることなら地元企業を頼りにしていかないと、印刷業をはじめとした地域性の強い産業は衰退してしまいます。

環境対応を売りにするという企業も増えてきていますが、環境に本格的に取り組むには、それなりのものを費やさないといけません。今の企業はなかなか利益が出せない中で、環境に取り組むのは厳しい現状もあります。これは私の個人的意見ですが、企業が元気になるためには、まず社員を元気にするために、今やるべきはどういうことか、という考え方が必要だと思います。

今後求められる人材を教えてください

挨拶や時間を守るなど、基本的なことがまずはきっちりできることですね。技術的なことは入社してからも十分学べます。礼儀は、本当は家庭内の領分なのでしょうが、なかなか言っても身につくものではありません。

やはり一番の経費は人件費ということと、機械化が進んだ面もあり、なかなか新規採用は難しいのですが、わが社は人の出入りが少なく、入社してから定年まで勤めあげる人が多い会社です。

 

社員の方にお話を伺いました

轡田さん2
デザイン担当 轡田 崇広さん

 

仕事の内容を教えてください

デザインの考案から、写真の修正・色の補正、それをもとに機械に読み込むためのデータ変換までを担当しています。

現在の仕事に至るまでを教えてください

専門学校でデザインを勉強してきましたし、デザインが好きなのでデザイン関係の仕事に就きたいと思っていました。この会社に勤めてもうすぐ16年になります。

仕事のやりがいを教えてください

デザインを考えるにあたっては、顧客とのやりとりの中で、顧客の持っているイメージの具現化を目指すのですが、実際には顧客のイメージと作ったデザインとを合致させるのは難しいです。その分それがピタリと合ったらうれしいのですが。自分が良いと思ったデザインでも、顧客からすればそれはだめだということもあります。ですが顧客はそのデザインを活かして仕事をするわけですから、顧客の仕事を自分が手助けするという視点に立たなければなりません。自分が顧客の場合だったらどんなデザインがいいのか考えながら、デザインを検討していきます。難しいことですがそれが面白いところでもあります。顧客と直接話をすることが、自分の仕事の一番いいところだと思います。直に話をする事が多い分、直に怒られることもありますが。

苦労することはありますか

印刷会社なので、残業などが多くて大変だという先入観は最初からありましたが、納期の関係で仕事が立て込み、忙しいときはあります。あとは機械のトラブルで機械に振り回されることもあります。

失敗談などあれば教えてください

カレンダーを作ったとき、去年のデータをそのまま使っていると、「2月1日」が2つあることになってしまいました。双方でチェックしたはずなのですが。幸いその時苦情などはありませんでした。

今後デザインの重要性が増す中で、どんなことに気をつけていますか

業界内での競争は激しくなっておりこれから先どうなるか不安はあります。このままではいけないと思っていますが、明確に何をしていいのかは分からないので、色々試行錯誤の連続です。例えば家に帰っても、どこかで何かの役に立つと思って、アニメなどを見ながら、練習がてら机の上でイラストを描いたりもします。また、書店に行ってソフトウェア関係やDTP(デスクトップパブリッシング:卓上印刷)関係の本を読んだりすることも多いですね。ただコンピューター技術を高めたとして、それをどう活かせば仕事の幅が広がるのか、どう商売につながるのか、という意味では難しいところでもあります。

 他にも、色々な刺激を受けて感性を養うという観点から、旅行などに出かけてその雰囲気に触れるようにしたり、今までと全然違った分野に積極的に挑戦するよう努めています。過去には、映画の撮影にエキストラとして参加したことがありますし、演劇をやったりもしています。あとは地区の体育振興会に参加しています。それまで体育には全く興味がなかったのですが、地区に若手がいないので、体育関係の役をやるようになりました。それがきっかけで、自転車(ロードバイク)やランニングを日課にするようになり、今ではマラソンの大会にも出場しています。

こういった活動を通じて、職場以外のいろいろなところで、仕事のやり方を学ぶこともあります。

 

魚津への思いがあれば教えてください

これからの観光には女性の目をひくようなものが必要だと思います。例えば、海の駅などに美容にいいもの、深層水やコラーゲンなど女性が好むものも置いたらよいのではないでしょうか。また、近年はパワースポットがブームなので、蛇石など活用できるのではないかと思います。そのほか、ペットブームでもありますので、犬を連れやすい公園が望まれます。例えば富岩運河環水公園にはペット連れ込み可の喫茶店があります。あわせて、散歩やジョギング、サイクリングなどがしやすいような、憩いの場として整備された公園があればよいと思います。最近はのんびりできるところが人気なので。

編集後記
 
我々にとって、印刷物はとても身近でありふれた存在であり、パソコンやカラーレーザープリンタが当たり前の今日では、印刷の工程は割合簡単なものと思い込んでいました。しかし今回の取材で、印刷は今も昔も特殊な技術であったことを知り大変驚きました。カラーコピーの発達が著しい昨今ですが、印刷物の美しさや効率性の面ではもちろん、顧客からの信頼性の面においても、印刷がカラーコピーの一歩先を走り続けることを願っています。


魚津印刷ホームページ
www.nice-tv.jp/~upc/index.html

プロフィール

uozusantaro

Author:uozusantaro
富山県魚津市の企業・産業を知ってもらいたいと感じている市職員グループです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
since 2010-04-15
カレンダー
11 | 2019/12 | 01
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -